こんにちは、NEEDYです。
11月も後半戦。このブログも始めて一年経ちました。
気候変動がすさまじいですね。11月中旬だというのに、日によっては、外はまだまだ半袖で行けそうな暖かさです。去年は灯油を全然使わずに終わってしまったんですが、今年もそうなりそうな予感。家計的には助かるんですが、環境のことを考えると複雑な気分です。冬、本当に来るんですかね?
そんな感じで、昔はもっと寒かったよなーと考えていたところ、高校時代、11月の海辺で半裸になってどんちゃん騒ぎをしていたときのことを思い出したので、忘備録よろしく書いてみることにしました。ここ最近の記事は昔話ばっかりですが、良かったら最後までお付き合いください。
今から9年前、高3になり自分の進路や人生について悩んでいた頃、僕は「ある会」を幼なじみと発足しました。
その名も「吐く会」。名前の通り、酒を吐くまで飲み続けるという大変不健全な会です。
小学校の頃からAVのパッケージが道端に落ちているような、そういうスラム街に暮らしていた僕は、当然の成り行きといいますか、中学生の頃にはもうお酒に触れる機会がそこそこありました。同級生の家でクリスマスパーティーをしていると当たり前のように酒を持ってくるやつがいたんですね。
しかし、やっぱり中学生は中学生。「俺酒飲んだことあんだぜ!」とドヤる程度の飲酒です。子供の身体にアルコールが有害であることは当時からわかっていたので、その害に若干ビビリつつ、クリスマスや正月、誰かの誕生日といった、特別な機会のときだけ僕たちは酒を許容していました。
ちなみに初めて飲んだお酒はブランデーのVOでした。
毎度、誰かが持ってきたブランデーを三ツ矢サイダーで割って飲む(というかそうじゃないと飲めない)。飲酒なんてイキリつつ、結局舌はお子様だったのです。
そして高校生になると話は変わります。酒ときたら、次はタバコです。
高1の秋頃になって、小学校からの幼なじみがタバコにハマり、周りに布教を始めました。そうなると当たり前のように酒が付属品としてついてくるわけです。
酒の入手方法も変わりました。中学時代は誰かが家にある酒をこっそり拝借していたのですが、高校生になってバイトで金が手に入るようになりました。しかしやっぱり見た目は子供です。店で買うには年齢確認の壁がありました。
ですが幸い、僕たちの世代はネット通販がスマホで気軽に使えるようになっていました。実店舗で買えないのなら、ネットで買ってくればいいのです。今でもこの方法で未成年が酒を買えるかはわかりませんが、当時の僕はアマゾンでアマレットやモヒートの瓶をたらふく注文していました。(真似しないでね)
届いた段ボールにはデカデカと「酒」と書かれていましたが、それも500円のギフトパッケージに変更すればモーマンタイです。まさに完全犯罪。いま振り返れば高校生のくせに贅沢な酒ばかり飲んでしました。あの頃はチューハイの味も、ビールの味も知らなかったのです。
酒を本格的に飲み始めたのは高3の春頃です。わかりやすいですね。僕は進路に迷っていました。僕の家庭は大学に行けるようなところではなかったので、諦めて就職するか、無茶を覚悟で大学に行くか、それともそのまま死んでしまおうか。
いま思えば「なんで選択肢に死が入ってんだよ」と笑ってしまいますが、当時は世界観も狭く、スラム街のなかで生きることに絶望を感じていたので、僕は相当思い詰めていました。
相談できる大人がいれば良かったのですが、スラム街にそんな大人はいません。自分の背中にのしかかる未来への重圧についに耐えきれなくなった僕は、酒とタバコで現実逃避することを決めました。
初めはバイト終わりに部屋で一杯キメる程度だった飲酒は、この頃には酔い潰れるまで終わらくなっていました。二日酔いの頭で電車に乗り込み、発狂しそうな頭で授業を受ける毎日。当時はそういうどうしようもない日常が僕の全てでした。
でも、一人酒って病むんですよね。毎回飲むたびバッドトリップしていた気がする。将来へのそこはかとない不安と、気持ち悪いアルコールの酩酊にぐちゃぐちゃになる感覚に浸っていたあの頃。誰かと話がしたい。誰かと飲みたい。二日酔いの果てにそう思うのは自然なことだったかもしれません。
こんな生活をしているのが僕だけだったら世の中は平和だったかもしれませんが、類友はいるんですね、幼なじみのなかで一番早くタバコを覚えたやつにこのことを相談すると、どうやらそいつも似たような屈託を抱えていたようです。そこから酒を飲む同級生に声をかけていったら、最終的に10人弱の飲み会グループが完成しました。
しかし問題がありました。飲む場所です。いくらスラム街とはいえ、親が不在じゃない限りは、高校生が自宅で10人弱の飲み会なんてできません。でもその問題もすぐ解決しました。大勢で酒が飲めて、騒いでも警察に通報されない場所。
僕の地元には海がありました。しかも住宅地とは有料道路を挟んだ場所にある海岸です。飲むには絶好の場所でした。
そこからはもう毎週のように、真夜中の海岸で飲み会が始まりました。それは次第にヒートアップしていき、「吐くまで飲む会」になっていきました。
当時、僕には好きなやつがいました。そいつの屈託に付け入るように、僕はそいつを吐く会に誘い、酒とタバコを覚えさせました。僕が勧めたモヒートとセブンスターをやつはいたく気に入ってくれた。いま思えば最悪に不健全な友達です。でも悪いことでそいつと繋がれるのが僕には嬉しかったんですね。今でもそいつがSNSにモヒートの画像をあげているのをみて、僕は思わずにやけてしまいます。かつて好きだった人のなかに、そういう形で自分の影響が残っているのって、ちょっと嬉しい気持ちになります。
でも終わりはいつか来るものです。僕たちが吐く会が消滅したのは、9年前の今頃でした。進路という現実からついに逃げられなくなったとき、吐く会は自然消滅しました。集まろうという声がかかる機会も減り、みんな突きつけられた選択肢を選ばざるを得なくなったのです。
9年も経つと、人は変わります。今はわざわざ真夜中の海岸で飲もうなんて思わないし、吐くまでなんて飲みたくありません。でも、当時は違った。みんな吐くまで酒が飲みたかった。あの頃に集まっていたメンバーとはもう幼なじみを除いてほとんど交友がありません。そういう意味では、現実逃避の仲間でしかなかった、そう受け取ることもできるでしょう。
けれど、僕にとっての高校時代の思い出には、かなり上位にこの吐く会があります。酔っ払ってくだらない喧嘩を繰り広げたり、死にそうな意識のなかでテトラポッドから昇っていく朝日をみんなで見たり。ゲロにまみれた一瞬の美しい景色。そういう経験は、後にも先にも、このときしかないんでしょう。
そうそう、僕は結局、大学進学を選びました。
あの頃にもし戻れるのなら、奨学金はとっておけと自分に言いたいですね。学費をバイトで賄った結果、心身ともにぶっ倒れてしまったので、借金をそこまで怖がるなと言いたい。
吐く会のみんなは今頃どんな人生を過ごしているのでしょう。書いていて気になってきました。
「みんな、僕は元気に暮らしています。これからもお互い、頑張っていこう。」